タイトルのことについて、しばらく考えていたのだけど、ようやくまとまってきました。
FBには、ツイッターともmixiとも違ったカラーがあり、それは少し前まで世の中を席捲していた「とにかくポジティブ思考」と似ている気がします。自分のネガティブな感情や批判的なことを書くと、「おいおい、空気読めよ」感がネット空間にぽわ~んと漂う。社交場としての役割が強く、露骨な発言をすると、「なんとなく人から避けられる」状態になりやすい。
ビジネスに利用しやすいというのも、その特質があるからでしょう。誰かが自分のビジネスのことを書いている。実名での批判はしにくいので、当然、他のSNSにありがちな「炎上」は起きる可能性が低い。安心して自分をアピールできる。
そういう使い方というのはもちろんアリだと思います。
しかし、私は記者の経験からも思うのですが、結局「文章は嘘をつけない」のです。根がいい人の文章は、どんなに下手くそでも「いい人」感がにじみでているし、頭がいい人の文章は何度読んでも感心するし、コンプレックスの強い人の文章は、どんなにエフィカシーが高い振りをしても、その「自信のなさ」が表面化してしまう。
あるいは、そんなふうに文章から読み取る人のほうが少なく、私は圧倒的に少数派なのかもしれません。「プロ」の人たちは、その辺りをコントロールするのが非常に上手です。(それが仕事ですから)。読んでいると、あープロだな、と思います。
しかし、ネガティブなこと、批判的なことを書くのが悪いかというと、本当はそうではない、というのが私の意見です。あえて書かなくてもいいことがほとんどだとは思いますが、問題は、それが「個人攻撃」or「自分攻撃」になっていないか、ということ。
公の場で「名指しで批判される」のは、誰だって気持ちのいいものではありません。やられた方は、それが理不尽だと思っても、反論することが得策かどうかもわからない。その結果、批判した方は自分のしていることに気づかず、「個人攻撃」を繰り返すことになります。そして、ますます人が離れていきます。
また自虐的な「自分攻撃」の多くは、周囲のいたわりや優しい声かけを切実に求めており、「他人のエネルギーを奪うもの」となりがちです。そして、やっぱり人が離れていきます。
「個人攻撃」や「自分攻撃」と、「行動の分析」は違います。その違いをまだ知らなかったら、それについて勉強してみるのも悪くないかもしれない。
……なんてことを、つらつらと書く。そういうブログでもいいかなと思います。(いまのところ)
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